民法改正と契約書

 契約は一部のものを除いて、基本的に口頭だけで成立します。
 
 例えば「AさんがBさんに自動車を売る」と言う売買契約は口約束だけで成立しますし、「甲会社が乙会社に対して業務を委託する」なんて言う委任契約も法的に言えば別に契約書が必要なわけではありません。
 
 しかし現実問題として、ほとんどの契約は紙、もしくは電子ベースで記録に残すようになっています。
 理由は簡単、口約束だけなんて危なくてしょうがないから。
 
 口約束だけだと問題が起こった時に言った言わないの水掛け論が発生しますし、問題がこじれて裁判になったとしたら、裁判官は確実に契約書の有無を争点にしてきます。
 実務的に言っても、例えば信託契約等の第三者に対してアクションを起こす契約については、たとえ口約束をしていても契約書に残していない限り、銀行や役所は相手にしてくれないでしょう。
 法律上は不要とされていながら事実上契約書は必要要件となっているわけです。
 
 さてさて、その契約書ですが、2020年4月の民法改正によって、一部変わってくるところが出てきます。今回はその件についてお話ししようと思います。 
 
 
 
1.民法改正で契約書が変わると言うけど、どうすればいいの?
 
 
 まず結論から言っておきますが「2020年3月末日までに取引し、契約を結んだ契約書については、法改正と同時に変更しなければならない」と言う訳ではありません。
 締結済みの契約については従前法が継続されますので、あえて変更する必要は無いというわけです(もちろん当事者同士の合意で改正法を適用した契約に変更することは可能です)。
 
 と言う訳で、民法改正で契約書が変わるのは今年の4月からと言うことになります。もちろん契約書の雛型については、新民法に適合するように変更しておかなければなりません。
 
 
 
2.具体的に何が変わるの?
 
 
 時効が一律5年になったり法定利息が変動制になったりと細かいところはありますが、大きく変わるのは「瑕疵担保責任」の変更「売主による履行の追完の選択権の排除」の明文化でしょう。特に「瑕疵担保責任」については「契約不適合責任」となり、法律要件が変わってきます。
 基本的には「瑕疵担保責任」と「売主による履行の追完の選択権の排除」を押さえておきたいところでしょう。
 他の部分については元から契約書に盛り込むべき基本事項であったり、時効のように契約書に書くのはそぐわないものだったりするので、あえて注視するものでもないかなとは思います。
 
 
 
3.「契約不適合責任」とは??
 
 
 従前法では売主(または受任者)が何の責任もなく買主に納品した場合でも、物や成果物に不具合や傷があった場合に買主(または委任者)に対する信頼が裏切られてしまうため、買主(または委任者)の信頼保護のために特に法律で定めたもの(例えば家の建築やソフトウェアと言ったようなもの)に対して、一定の範囲で責任を持って貰っていました。
 
 しかしこの責任は「不動産などの特定物に限り」「特定の期間内でのみ」有効と言う限られた責任でした。それを今回の改正で「特定物」か否かで分けることなく、目的物が契約内容から乖離していることに対する責任となり、債務不履行として処理されるようになります。言ってみれば買主の方の保護規定が拡張されたわけです。
 
 不動産業界やSE業界等では基本的に契約書には「瑕疵担保責任」として記載されていることが多いため、今年の4月からはこの部分を契約不適合責任」に適用できるよう変えておかなければいけません。
 上記業界に限らずとも、今後はどの契約にも一律で買主側に責任がかかってくるため、契約不適合責任」について契約書に定めをおいておく方がいいでしょう。
 
 余談ですがこの改正で大きく変わるのはイラストレーターやフリーランスのプログラマーと言ったような個人事業主や、一人会社でやってるような零細企業です。
 請け負う仕事に「契約不適合責任」が加重されるようになるため、成果物を納品した後最低でも法定の1年間はその成果物に対して責任を持つことになります。
 我が国の政府は口では「個人の起業を後押し」とか言っておきながら裏ではこんなことをしながら個人事業主達をいじめてるわけですよ、許せないなあ(突然の政権批判)。
 
 
 
4.履行の追完の選択権の排除って???
 
 
 「契約不適合責任」と地続きになりますが成果物が契約内容と適合しない場合、買主は売主に対して、履行の追完を請求することができます。
 これに対して売主は、買主に不当な負担を課さない限りにおいて、買主が請求した方法とは異なる方法での履行の追完(例えば目的物の補修や、代替物の引渡し等)をすることができます。
 
 このあたりは従前法とあまり変わりはありませんが、買主が、自らが指定した方法と違う方法で勝手に追完をされると困る場合……例えば買主は「修理して同じ製品をくれ」と言っているのに、売主が勝手に「別のものを用意しました」とやってこられる場合等が考えられるわけです。
 そこで契約の段階で「買主の指定した方法による追完」と定めることによって、売主による履行の追完方法の選択権をあらかじめ排除できる権利が民法において明文化されました。
 
 契約自由の原則から別段この「履行の追完の選択権の排除」も従前法で定める事ができたと言えばできたのですが、明文化されてスタンダードになりそうって辺りに意味があると個人的に考えています。
 
 
5.まとめ
 
 最初に述べたとおり、「今までの契約書を全部変更しなきゃいけないの?」と問われれば、答えはノーです。締結済みの契約については従前法がそのまま適用されるので、基本的には代える必要はありません。
 
 ただし、期間更新される契約(例えば建物貸借契約)については注意が必要です。当事者が何も意思表示しないまま更新されるのであればいいのですが、更新時に賃料や単価などの取引条件を変更する合意を行った場合は、更新後の保証契約には改正法が適用され、極度額を定めていない保証契約等が無効となってしまうおそれがあります。
 
 加えて、契約書の雛型はほぼ変更する必要があると思いますので、基本的には一度ツテのある士業や契約書業務を専門にしている弁護士や行政書士に相談した方がいいように思います。
 
 
 長くなりましたが、要約すると「前に締結した契約書は変更する必要なし」「でも雛型は変更してね」の二本でお送りいたしました。二行ですみましたね。

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