遺言書と法改正(1)-公正証書遺言と改正自筆証書遺言-

 現行の遺言書の形式には民法上次の形式があります。
 
1.自筆証書遺言
2.公正証書遺言
3.秘密証書遺言
 
以上の三形式です。
 
 簡単にそれぞれの特徴を簡単にまとめると、以下のようになります。
 
 
1.自筆証書遺言
お手軽・お金がかからない・検認の申立てが必要
 
2.公正証書遺言
失敗の可能性が少ない・お金(最低でも約2万円以上)が必要・検認の申立て不要
 
3.秘密証書遺言
遺言の内容を秘密にできる・お金がかかる(最低でも1万1000円)・検認の申立てが必要
 
 
 
 それぞれにメリット、デメリットがありますが、実務的な観点から言えば基本的には公正証書遺言を軸に考えていく事になるでしょう。士業の先生に遺言をしたいと相談した場合、大半の先生はまず公正証書遺言を勧めると思います。
 
 理由は色々ありますが、遺産という財産を考えたときに、自筆証書遺言・秘密証書遺言はそのメリットに比べ、非常に大きなデメリットが存在するからです。
 
 
1.自筆証書遺言の問題点
 
 ・保管について法定されていないため、保管を間違えば改竄や故意の隠匿の可能性が高い。
 ・家庭裁判所で検認の申立てをしなければならないため、手間と時間が大きくかかる。また、法律を知らないものが家庭裁判所に提出する前に、封印された遺言書を開封してしまう可能性もある。(罰則があります)
 ・公証人が内容の精査をしないため、遺言の形式から外れ無効になりやすい。(これは士業の先生に相談することでカバーはできますが)
 
 改竄、検認による時間の浪費、無効の可能性と言うデメリットは非常に大きく、正直に言えば自筆証書遺言をお勧めしたい先生はいないでしょう。信頼のおける士業等が監修し預かると言う方法もありますが、それだったら最初から公正証書遺言にすれば済むわけです。
 
 
 次に、秘密証書遺言にも問題点は多くあります。
 
2.秘密証書遺言の問題点
 
 ・公証人の認証を受けるが遺言の内容まで認証するわけではないため、遺言の形式から外れ無効になる可能性がある。
 ・自筆証書遺言と同じく家庭裁判所に検認の申立てをしなければならない。
 ・やはり遺言の改竄や故意の隠匿の可能性は残る。
 
 デメリットは自筆証書遺言と似たようなものです。秘密証書遺言は特殊な形式なので、どうしても遺言の内容を知られたくない場合に使うメリットがあります。推理小説みたいな話ですが、遺言の内容を知られた場合に自分や他の誰かに不都合が起こるとか。
(余談ですが、実際に作成されている秘密証書遺言の数は日本公証人連合会や家庭裁判所が実数を公開していないため分かりませんが、実務上ほとんど話を聞かない形式との事です。)
 
 
 自筆証書遺言にしろ秘密証書遺言にしろ、公正証書遺言と比べると、改竄や故意の隠匿、無効の可能性、検認申立による時間の浪費と、実務上看過できない問題が多数あります。
 特に土地や建物を持っている、大きな預金口座を持っている等の場合には遺言無効の可能性や検認申立に時間がかかると言うリスクは非常に大きく、実務家としては、特殊な仕様である秘密証書遺言はともかく、自筆証書遺言について言えば基本的にはお勧めのできない方式ではありました。
 
 
 しかしながら、この度自筆証書遺言について、実に思い切った改正がされることになりました。
 
 去る2019年1月13日に、自筆証書遺言の要件が緩和され、財産目録を添付する場合において、署名押印した上で印字やコピー等で作成できるようになりました。例えば遺言書の手書きの部分で「別紙財産目録1記載の財産をAに相続させる。」とし、別紙財産目録1をプリンタ等で印字する事で(財産目録に署名押印を忘れないように!)、全ての文言を手書きせずとも済むようになりました。
 
※法改正日付(2019年1月13日)の日付よりも前の日付の自筆証書遺言については、改正が適用されず無効の遺言書となってしまいますので、ご注意ください。
 
 
 そして2020年7月10日には、今回の改正の目玉である新法、遺言書保管法が施行されます。なんと今まで法定されていなかった自筆証書遺言が、法務局内の遺言書保管所において保管できるようになったのです。しかも遺言書保管所で保管された自筆証書遺言は、家庭裁判所に検認の申立てが省略できます。素晴らしい。もちろん従来通り法務局に保管せず、自分で保管する事も可能です。
 
 
 基本的に今回の法改正では自筆証書遺言のメリットを増やす形のみがおこなわれました。実務家としては変わらず公正証書遺言をお勧めしますが、デメリットの軽減により選択の余地が出てきた事も事実です。特に、改竄や故意の隠匿の可能性が減る点及び検認の申立て省略による時間が短縮される点については、公正証書遺言に大きく近づいたと言えます。
 
 「遺産の額は大きくないが遺言は遺しておきたい、お金のかからない方法がいい」と言う方には、簡便であると言うメリットはそのままにデメリットを緩和した、非常に有用な法改正だと思います。