映画「ファースト・マン」を観てきました。

 法律系の堅い話が続いても疲れてしまうので娯楽や趣味の話でも。表題のとおり、映画「ファーストマン」の個人的な雑感です。
 ネタバレ等には触れておりませんので未視聴の方もご安心下さい。
 
 
1.映画「ファースト・マン」て?
 
 人類で初めて月面に降り立ったニール・アームストロング船長の半生を、映画「ラ・ラ・ランド」で一躍時の人となったチャゼル監督が描いた人間ドラマです。映画通の間で評価が高く、特に映画評論家や様々な創作者から多く支持されています。
 
 私個人の感想ですが、全体的に隙の無い作品です。
 人物描写から史実、当時の建造物から流行に至るまで、非常に丁寧に作り込まれています。それでいて無理なく創作としての脚色が同居しており、作品としての質がとても高い映画です。細かいところで言えばニールがNASAに所属してからアポロ11号に乗るまでの間の宇宙服の変遷等、細部にまで拘っている様子が窺えます。
(余談ですが、もちろん隙の多い作品でも面白い作品は沢山あります。例えばパシフィック・リムは設定から登場人物の描写等、何から何まで隙だらけなのになんでこんなに面白いんだ!となります。)
 
 
2.「ファースト・マン」の評価が高いのはなぜか。
 
 まず、チャゼル監督は英雄や模範的宇宙飛行士として描かれることが多いニールを、等身大の人間として描き出しました。
 ファースト・マンのニールはまさに人間です。気難しく口数が少ない上に少々自分勝手、喜ぶこともあれば我が儘で妻や同僚を困らせることも、何気ないことで唐突に怒り出すシーンもあります。全くもって完璧な主人公ではありません。
 
 カメラワークも独特です。殆どの宇宙船(ロケット)のシーンや飛行機のシーンで、パイロットであるニールの視点で場面が進んでいきます。
宇宙に飛び立つシーンもロケットそのものを映さず、コックピットの中から、「ああ、宇宙に到達したんだな」というニールと同じ視点を実感させようとする意図が随所に見られます。
 
 そして、ハリウッド映画のお約束である「管制棟でみんなが主人公の成功を拍手とハグで大喜びするシーン」はクライマックスにはありません。
 カタルシスの場面である月面に降り立つシーンは、静かで、どこかもの悲しく、ニール自身もなにかこれが自分の成功だと感じていないような、哀愁の漂う場面となっています。(一箇所だけ、アンチテーゼ的に「管制棟でみんなが主人公の成功を拍手とハグで大喜びするシーン」が出てきます。この場面をクライマックスでも何でもないシーンに入れたことで、より一層クライマックスのもの悲しさが引き立ちます。
 
 英雄ではない一人の人間であるニールを情緒的に描き出した点、物理的にも精神的にも観客にニールを体験させることに成功した点、そして人として何かを考えさせられるようなクライマックスにした点が、ファースト・マンの評価を上げているのではないかと思います。
 
 
3.間違いなく映画史上に残る傑作である。しかし決して万人に勧められる作品ではない。
 
 観客は物理的にも精神的にも、ニールの視点でこの映画を追う事になります。
 英雄ではなく等身大の人間として描かれているニールですから、精神的にニールと結合しながら追っていると非常につらい場面もあります。
 例えば近しい人が死ぬ場面の悲しさはもちろんとして、ニールの行動に対しても「どうしてニールはこんな我が儘なことをやりだすんだ!これじゃあ奥さんがかわいそうじゃないか!俺は奥さんにこんなことはしない!してない!!」なんて思いながら観ることになります。
 
 作品としては娯楽と言うよりは国語の教科書に載るような純文学に近く、一度観て「ああ、楽しかったね、爽快だったね」とか「あんな恋愛をしてみたいね」と思えるような映画ではありません。
 間違っても、高校生男子が気になるあの子を誘って初デートに観に行くような作品ではないことは確かです(一緒に観に行った妻は「業務日誌を見せられているようだった。」と言っていました。なかなか的を射た感想です。)
 
 本当に、映画史上に残る傑作であることは疑いようがありません。しかし、全ての人が相応に楽しめるかと言われれば、そんな作品ではないと思います。「よく分からなかった」「つまらなかった」「眠くなった」と言う意見も出てきて然るべき作品であると思います。
 「みんなの評価が高いからきっと面白いんだろう」と言う感覚で見に行くと、ひょっとしたら退屈な2時間半を過ごすことになるかもしれません。
 
 
 それでもなお、まだ観ていない方はファースト・マンの映画館での視聴をお勧めします。
 宇宙飛行士の目を映画館で体験できる作品はそうそうないでしょう。今も、これからも。
 ニール・アームストロングになれる、ファースト・マンはそんな映画です。